大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和52年(ネ)74号 判決 1984年9月28日

控訴人 小野寺勇治 ほか二名

被控訴人 国

代理人 佐藤崇 渡辺義雄 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人小野寺勇治に対し金六一九一万二六三六円および内金五七九一万二六三六円に対する昭和四八年五月二三日から、内金四〇〇万円に対する昭和四八年一二月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を、同小野寺力および小野寺茂代に対し各金一六〇万円およびそれぞれの内金一五〇万円に対する昭和四八年五月二三日から、内金一〇万円に対する昭和四八年一二月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に附加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人らの主張)

一  請求原因の法律構成について

控訴人らは、就学契約に基づく安全配慮義務違反の追及こそが本件の事理に則したものであると考えるが、仮に就学契約成立の事実を認定し難いとしても、安全配慮義務は必ずしも契約関係を論理的な前提とせずに成立するのである。即ち、学校設置者たる被控訴人と生徒たる控訴人勇治とが最高裁昭和五〇年二月二五日判決のいう「特別な社会的接触の関係」にあつたのは明白であるから、被控訴人は同控訴人に対して信義則上の安全配慮義務を負うのであり、更にその義務の不履行は国家賠償法一条一項の過失責任の根拠ともなるべきものである。

二  安全配慮義務の根拠と内容、程度

1  就学契約は学校という場における教育の授受を主たる内容とする契約であり、かかる契約の本質から学校設置者の債務の一部として生徒に対する安全配慮義務が生ずる。安全配慮義務は就学契約の本質に根ざした学校設置者の基本的債務にほかならない。その具体的根拠は次のとおりである。即ち、第一に、教育の目的に渕源する学校設置者の「安全の確立された教育を受けさせる義務」、第二に、多数の生徒を管理、指導、監督し支配するという学校教育の特殊性、第三に、対象者たる学生、生徒の未熟性、第四に、未成熟の若年者集団に多様な経験を践ませる教育過程の危険性、第五に、教育機関に対する社会的評価と信頼、以上の五つが安全配慮義務の根拠である。

2  就学契約に基づく安全配慮義務は、体育教科及び教育活動の一環として行われる体育部活動において特に高度なものが要請される。けだし、体育は直接に身体の完全・円満な発達を課題とする教育部門であり、また体育の内容たる運動実践過程が必然的に高い危険性を内包しているからである。従つて、体育教科及び体育部活動においては学校設置者とその履行補助者たる体育教師・指導者は、適切指導をなし、合理的な練習計画を策定する義務を負う。

3  ところで、柔道は学校体育活動において行われる諸運動種目中最も危険性の高いものである。負傷事故発生の実数は高校、高専を通じ最多である(<証拠略>)のみならず、重大な事故例が多い。「高等学校災害事例集」(<証拠略>)によれば、昭和四六年から四八年までの三年間に運動競技、練習の動作などの失敗等により廃疾に至つた三九例のうち、柔道の技・受身の失敗によるものは一三例であつて三分の一を占めている。しかもうち五件が脊髄の損傷である。同じ態様による死亡事故二〇例のうち柔道事故は九例を数え、その受傷部位内訳は頭部六、脊椎三であつた。

このように学校柔道による事故例は極めて多いのであるが、高校柔道界の最高指導者である工藤信雄高体連部長の証言にもあるとおり、本来柔道が危険なのではなく、事故は指導手順を誤つた場合に発生するのが大部分(九〇%)なのである。

正しい指導手順とは、生徒の身体的発達と技能習熟度に相応した、科学的で合理性の高い「段階的指導方法」(<証拠略>参照)に依拠することであり、この考え方からすれば、連絡変化技の指導は個々の技に習熟したあとになすべきことになる。ここで留意すべきことは、連絡変化技と受身との関係である。技と受身の習熟度には対応関係があるから、連絡変化技に対応する受身は各個別の技に対応する受身より一段高い技術を必要とする。特に、連絡変化技の多くは最初の技を防禦しようとする受手側の態勢を逆に利用し、受手の予想しない方向に瞬間的に技をかけるのであるから、個別技に対する受身に増して素早い動作の受身が必要となる。いかなる方向に、いかなる態様で技をかけられても、反射的に受身をとれるほどに習熟した段階でなければ、連絡変化技指導は危険である。

しかるに本件においては、被控訴人及び及川教官は、班員の技能習熟度に相応した段階的柔道技術指導をなすべき注意義務があるのにこれを怠り、相応の習熟水準にない控訴人勇治に対して内股―大内刈の連絡変化技を指導する計画を策定し実施したのであつて、ここに第一の注意義務違反がある。更に、及川教官は右の連絡変化技を指導するに際し、技をかけられる控訴人勇治において十分受身をとれるよう配慮し、仮にも頭部を打つことなどないよう万全の注意をもつて技をかけるべきであつたのにこれを怠り、同控訴人において受身をとることができず、頭部を打つ態様で技をかけた点で第二の注意義務違反がある。

三  因果関係について

控訴人勇治の本件受傷が及川教官から内股で投げられた際頭部になんらかの衝撃を受けたことによつて発生したという因果関係は本件の場合動かし難いところである。鑑定人堀重昭は、控訴人勇治の発症が「衝撃」によるものか「衝動」のみによるのか確定しえないとしているが、この鑑定結果とても「衝動」のみによつて発症したことを積極的に裏付ける趣旨ではないのである。

堀鑑定によれば、控訴人勇治の急性硬膜下血腫の進展は極めて急激であつたので、発症直前になんらかの外力が加わつたと考えるのが妥当であるとのことである。この場合の「外力」としては極めて稀にしかない「衝動」よりも「衝撃」であると考えるのが妥当であるから、本件の場合は発症直前同控訴人の頭部になんらかの「衝撃」が加わつて急性硬膜下血腫が発生したということになり、この観点から直前までの同控訴人の行動をたどつてみると、本件練習開始後同控訴人が及川教官から技をかけられる直前まで、小野寺東などの班員から内股、小内刈返、払い腰で投げられたことはあつたが、その間同控訴人の様子に異常な点はなく、同控訴人は及川教官から技をかけられた直後に異常を訴えたのであるから、及川教官に内股で投げられた時に床に頭部を打つて発症したと考えるのが唯一自然な認定である。

被控訴人は種々因果関係不存在の主張を試みているが、極めて稀な事例(<証拠略>)に依拠するものや、単なる可能性を述べるだけのものなどであつて、根拠のない主張である。被控訴人主張の主たるよりどころは、近くで見ていた他の班員が及川教官の内股を「きれいに決つた」とか「すんなり決つた」と証言している点にあると解される。しかし、及川教官の指導に関心のない者は全く見ておらず、関心を持つた者とても及川教官が自ら班員を相手に指導を始めたのでその方に一時目を移したという程度のことであつて、右の証言をした班員のいずれも控訴人勇治が十分な受身をとつたかどうか、どんな様子で起上つたかについてはつきり見ていたわけではなかつたのである。また、控訴人勇治が投げられた直後「痛い」と言わなかつたり、頭に手をやるとかしなかつたとの点は、新入生の指導教官に対する遠慮ということを考えるべきである。

仮に、内股で投げられた際頭を打つていないとすれば、大内刈をかけられた際に頭を打つたとしか考えられない。

四  損害額に関する主張の変更

控訴人勇治の損害額中、逸失利益、付添費、弁護士費用の主張を次のように改め、同控訴人は損害額合計一億五五八四万〇九三一円のうち本訴において内金六一九一万二六三六円の支払を求めることとする。

1  逸失利益

原判決八枚目表九行目「右資料の」の次に「昭和五三年六月(控訴人勇治は同年三月に一関高専を卒業しえたはずである)の」と挿入し、同一二ないし一三行目「四八」を「五三」と、同末行から同裏一行目の「三、二四七万五、三三二」を「八〇五九万六九六二」と各改め、原判決添付別表をこの判決添付の別表に改める。

2  付添費

原判決八枚目裏一〇行目「二、三〇〇」を「七〇〇〇」と、同一三行目「二一、四三万七、三〇四」を「六五二四万三九六九」と、九枚目表二行目「2,300」を「7,000」と、「2143.7304」を「65,243,969」と各改める。

3  弁護士費用

原判決九枚目表一二~一三行目「五、七九一万二、六三六」を「一億四九八四万〇九三一」と、同一三行目「四〇〇」を「六〇〇」と各改める。

なお、昭和五三年九月一日に廃疾見舞金一五〇〇万円が日本学校安全会から控訴人らに支払われたことは認める。

(被控訴人の主張)

一  控訴人勇治の頭部に控訴人ら主張の如き衝撃が作用したのであれば、頭蓋骨折、頭部表皮の傷害など外見から判明しうる痕跡が表われたり、同控訴人が苦痛の表情を示すなどその徴憑がある筈であるが、同控訴人にこのようなことは無かつた。急性硬膜下血腫は頭部に直接打力が作用しなければ発生しないわけではない。同控訴人についても橋静脈が既に断裂寸前の状態にあり、及川教官から内股で投げられた際に時を同じくして破綻したとも考えられるし、また同控訴人が先天性水頭症に罹患していてその内科的な原因によるという可能性も否定できない。

二  控訴人勇治の急性硬膜下血腫は頭部に対する衝撃がないにもかかわらず発生したのであるが、このようなことは極めて稀な事例であつて一般に予見不可能である。従つて、柔道練習中における投げと同控訴人の発症との間に法律上有意の因果関係、すなわち相当因果関係を認めることはできない。

三  就学契約には雇傭契約におけるような安全配慮義務は含まれていない。仮に安全配慮義務があるとしても学校や及川教官がこれに違反したということはない。即ち、内股は決して危険な技ではないし、内股から大内刈への連絡変化技も特段に難しいものではなく、課外の部活動においてこれを行うことを禁止されるべきものでもない。部活動においてそのような練習をしていない高校、高専こそ稀なのであつて、現実に内股や連絡変化技が通常の技として多用されている高校、高専の部活動柔道において、そのような技に関する指導研究を行わないならば、かえつて安全への配慮を欠くものといわなければならない。控訴人勇治は中学生時代に柔道部に籍を置いて選手として対外試合に出るなど、もともと未熟ではなかつたが、それでも及川教官は他の一年生の新入部員とともに基本から段階的指導、練習を経たうえで連絡変化技の練習に入らせたのである。及川教官は控訴人勇治を内股で投げた際その右袖をつかんだままであつたし、同控訴人も右手で及川教官の上衣をつかんだまま離さず、左手を畳面について受身を完全にとれたのである。従つて指導内容、指導方法のいずれにおいても安全配慮義務に違反したということはない。

四  昭和五三年九月一日に日本学校安全会から控訴人らに対し本件事故に関する廃疾見舞金として合計一五〇〇万円が支払われたので、被控訴人は予備的に右金員につき損益相殺を主張する。

(証拠)<略>

理由

一  請求原因事実中、本件事故の発生とその経緯、即ちこれを摘記するならば、控訴人勇治が昭和四八年四月一一日一関高専に入学し、課外活動の体育部柔道班員となり、同年五月二二日午後四時五〇分頃開始した本件練習に参加中、同日午後五時三八分過頃、コーチとして指導していた同校助教授柔道四段の及川了教官が手本を示すべく控訴人勇治に対して内股から大内刈の連絡変化技をかけてみせたこと、その後同控訴人は同じ班員の訴外小野寺東と組合うべくその左襟をつかんだが、「あつ、頭がボツケとする」と言つて同人にすがりつき、そのまま崩れるように後ずさりし、練習場外に崩れ込んでけいれん硬直を起こし、間もなくいびきをかいて意識不明となつたこと、同控訴人が橋静脈の破綻による急性硬膜下血腫を発症し、現在いわゆる植物人間となつていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人らは、被控訴人に控訴人らとの就学契約に基づく安全配慮義務違反があると主張する。原判決事実摘示には就学契約の存在を被控訴人が認めている旨の記載があり、当審において当事者双方は原判決事実摘示のとおり原審口頭弁論の結果を陳述しているが、原審記録中には被控訴人がそのような弁論をした事跡は認められないので、以上は原審と被控訴人の錯誤かとも思われる。しかしこの点がいずれであるにしても、就学契約の成否は一つの判断事項であつて事実そのものではないから、改めてこの成否を判断しなければならないが、控訴人らの主張によつても、課外活動としての本件柔道練習における具体的な安全配慮義務が就学契約から直接導き出されるものでないことは明らかであり、且つ、最高裁昭和五六年二月一六日判決(民集三五巻一号五六頁)の趣旨に照らしても、争点は結局のところ高専校の課外活動で新入生に対し内股やこれを起点とする連絡変化技の指導をすることの適否及び本件において及川教官が右の技をかけた際控訴人勇治の頭部が床(畳)に打ちつけられたか否かに帰着するので、就学契約の成否とか控訴人勇治と被控訴人とが「特別な社会的接触の関係」にあつたかどうかについての判断を省略して、特定された右の争点について検討を加えることとする。

そこで本件練習時の具体的状況を調べてみると、この点に関する当裁判所の認定は次に付加するほかは原判決理由第二の一のうち一六枚目表一一行目の「成立に争いのない甲第四二号証」から一九枚目表一二行目までの記載と同じであるから、ここにこれを引用する。

1  引用部分冒頭の証拠挙示欄に「当審証人村上昇、同佐々木典章、同小松佳秋、同及川了の各証言」を加える。

2  原判決一六枚目裏三行目の「原告勇治は、」の次に、「中学在学中から課外活動として柔道部に所属し、郡大会で優勝して県大会に出場したこともあり、同じ年一関高専に入学した新入生の中で受身を含めた技量は中以上のものを身につけていた。同人は、」を、同一七枚目表六行目の「払い腰で」の次に、「また訴外小野寺東から内股で各」をそれぞれ挿入し、同七行目末尾の「様子は認められなかつた。」の次に「なお、控訴人勇治は中学在学中高校生の先輩から指導を受けた際内股で投げられた経験を有していた。」を加える。

3  同一八枚目表七行目の「右連絡変化技の」の次に、「受手側の構え方(体勢作り)についての」を挿入し、同末行の「横転させた。」を「倒した。その倒れ方は自然な形であつたため、これを見ていた他の柔道班員の多くは、きれいに、すんなりと技がきまり、受身も正常にできたとの印象を受けた。」と改める。

4  同一八枚目裏八~九行目の「最中に、」以下を、「最中、殊に内股で倒された際、控訴人勇治が痛いという意味のことを口にしたり、頭に手をやつたりしたことはなく、その他身体の異常を訴えるということはなかつた。内股をかけるときは利き手(及川教官の場合は右手)で相手の襟を、左手で相手の右袖をつかんで技をかけるのであり、また約束練習であるから相手(受手)にも十分に自己の襟等をつかませておくわけである。及川教官のかける内股は、相手を左前隅に払い落とすという形で倒すのであり、相手の受身が正常であればその肩、背、腰が同時に畳に着き、不完全な場合には最初に足が着くことになる。」と改める。

三  本件発症までの状況は前段認定のとおりであり、及川教官から内股や大内刈の技をかけられた際控訴人勇治の頭部が柔道場の床(畳)に打ちつけられたことを認定すべき直接の証拠はない。

しかしながら、当審鑑定人堀重昭の鑑定結果には、控訴人勇治の急性硬膜下血腫は発症直前頭部に加えられた外力と因果関係を有すると考えるのが妥当であり、出血源である橋静脈の破綻は同じく発症直前の何らかの外傷に起因したものと認定する旨の記載があるので、この記載からは医学上右の「頭部打ちつけ」が推認されるかの如くであるが、他の部分の記載と対比すれば、右の外力とか外傷として必ずしも後述の「衝撃」のみを意味しているわけではなく、衝撃の関与は論理的には否定できないとしているだけであつて、「衝動」による発症の可能性をも肯定していることが読みとられるから、病理学的には頭部が畳に打ちつけられたこと以外の原因は考えられないとされているのではない。

この点に関連して、控訴人小野寺力は原審での本人尋問の際、事故当日岩手医大に担送された控訴人勇治の鼻中に若干鼻血が出ているのを認めた旨、また後日その柔道着の後襟に直径約三センチの血痕を発見したとの供述をしている。しかし、原審証人木元茂雄の証言によれば、頭部に衝撃が加えられて鼻血が出るのは頭蓋底が骨折した場合であり、この骨折がなくて鼻血が出るのは鼻そのものに直接打撃が加えられた場合であることが知られる。控訴人勇治に頭蓋底骨折がないのは右鑑定の結果その他弁論の全趣旨に徴して看取しうるところであるから、たとえ真実右供述程度の鼻血が出ていたとしても、このことから頭部への打撃があつたと推認するのは無理であり、柔道着の血痕の点は本件との関連が一層不確かであつて証拠価値に乏しいものである。手術前剃髪の際右後頭部の頭皮に一〇円銅貨大の赤みがあつたとの原審証人沢屋敷米八の証言(<証拠略>は同内容の記載)も、同証人自身虫にさされた程度のものに見えたと証言しているのであるから、打撃による内出血があつたと推認する手がかりとなることではない。

また、<証拠略>(昭和四八年六月二一日付木元医師作成の「災害発生の原因」と題する書面、<証拠略>も同一内容)には、本件事故の原因として柔道練習中に頭部を強打したと考えるのが妥当と思われるとの記載があるが、同書面中の他の記載及び同人の前記証言からすると、これは一般的にはそのように考えられるとの推定の域を出ないものであることが明らかであるから、右書証も本件の認定資料とするには足りないというべきである。

四  以上検討した如く控訴人勇治の頭部が床に打ちつけられたとの事実は証拠上これを認め難いのであるが、同控訴人の橋静脈破綻とこれによる急性硬膜下血腫が本件練習時に発生したものである以上、医学的に頭部への直接打撃以外に原因がありえないというのであれば、証拠に依拠した認定とは別に経験則ないしは学理に基づく推認をなすべきことになるので、この点について検討する。

前掲堀重昭の鑑定結果によれば、「急性硬膜下血腫は頭部外傷に基因するのが通常であり、稀に非外傷性のものもあるが本件の場合は非外傷性の原因疾患の存在を肯定しえないので、前記の如く発症直前の何らかの外傷に基づくものと認むべきであり、外傷性のものとした場合頭部に打撃が加えられずに本症の発病があるかに関しては、まず、頭部に加わる外力として静的なもの(例、万力で徐々に締めつける)と動的なものに分けられ、後者は更に「衝撃Impact」と「衝動Impulse」に分けられる。衝撃は直接頭部との接触現象を有し、衝動はこれを有しない点で異なるが、両者とも頭部の慢性に関係する点では共通する。解剖学的に、あるいは既存の疾病によつて橋静脈などの脳血管に弱点を有する場合には、衝動のみによつて本症発生の可能性を推定しうるが、控訴人勇治の如き一五歳前後の若年者で既存の脳血管障害がない者にその可能性があるか否かはいずれとも言い難い。当日の柔道練習で控訴人勇治は受身、打込みをやり、数回投げられているので、同人の頭部は直線運動と回転運動の二つをしたわけで、頭部に衝動が加えられる結果になつたと認められる。頭部に加えられた力がいかなる種類のものであつたか確定しえないが、及川教官の投げを含む連続技によつて急性硬膜下出血が発生したと認めるのが相当である。」とのことである。

また<証拠略>には、衝撃以外の原因によつて同じ発症のあつた事例報告が記載されており、<証拠略>(山形大学中井教授意見書)には、一つの医学的可能性として控訴人勇治には本発症前に脳実質量の減少という状態(即ち先天性水頭症)が既存していたのではないかとの示唆がなされている。

いずれも稀な例であることは右各書証の記載自体から明らかなところであり、患者の年齢、既往症等の諸条件は本件の場合ともとより同一ではないが、堀鑑定および前記証拠を検討した結果頭部への直接打撃以外の「衝動」によつて急性硬膜下血腫発症の医学的可能性のあることが判明したので、本件発症の病理学的解明は遂になしえないものの、その原因として経験則ないし学理に基づきこれを頭部に直接加えられた外力であるとの推認をなすべき限りではないということができる。

五  前段までに判断、説示したとおり、本件練習時に及川教官が控訴人勇治に対して内股及びこれと大内刈の連絡変化技をかけた際、同控訴人の頭部が床に打ちつけられたとの事実は証拠上認め難いのみならず、結果から遡つて検討して見た場合にもこの事実を推認しなければならないものでないことが明らかとなつた。そうすると、控訴人ら主張の因果系列の出発点が肯定されないことになるので、高専校の課外活動で新入生に対し内股やこれを起点とする連絡変化技の指導をすることが安全配慮義務の観点からして適当か否かとか、また被控訴人や及川教官に結果の予見可能性―結果回避義務違反があるかどうかについて結論を示すまでもなく、控訴人らの請求はいずれも理由がないといわなければならない。なお、本件の場合それが課外活動であり、柔道という格闘技の本質及び前認定の如き控訴人勇治の習熟度等からして、内股とこれを起点とする大内刈の連絡変化技を指導したことに安全配慮義務の観点からして特に不当な点はなく、前記の義務違反もなかつたというべきである。

六  よつて、控訴人らの本訴請求はその損害額の点についての判断に立ち入るまでもなく理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 輪湖公寛 小林啓二 斎藤清実)

別表 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例